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大阪高等裁判所 昭和29年(う)913号 判決

控訴人 原審検察官 福田隆恒

被告人 中西幸太郎

弁護人 田中恒治

検察官 十河清行

主文

原判決中有罪部分を破棄する。

被告人を懲役四月に処する。

但し、本裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予する。

被告人を右猶予の期間中保護観察に付する。

押収にかかる覚せい剤注射液二ccアンプル入約百三十四本(証第一号)は、これを没収する。

理由

本件控訴の趣意は、末尾添付の大阪地方検察庁検事正代理検事藤田太郎作成名義の控訴趣意書記載のとおりである。

控訴趣意第一点について、

記録によると原判決は、被告人が法定の除外事由がないのに昭和二十七年十二月十五日頃から同二十八年二月末頃までの間接続して四回位にわたり大阪府中河内郡南高安村字垣内二百八十八番地洪金順方において、同人から、吉田千代子を介し、覚せい剤注射液二ccアンプル入合計約千八十本を買い受け、これを譲り受けたものである、との事実を認定し、これに対し、覚せい剤取締法第四十一条第一項第四号、第十七条第三項、を適用して被告人を懲役四月に処し、なお、被告人が昭和二十八年十月八日大阪地方裁判所において傷害罪により懲役八月但し三年間刑執行猶予の言渡を受けその頃確定した事実をも認定の上、本件犯行は右執行猶予の判決言渡前のものであるから、情状により昭和二十八年法律第百九十五号による改正刑法(以下単に改正刑法と略称)第二十五条第二項本文の規定をまたず、さらにその刑の執行を猶予し得るものとして、改正刑法第二十五条第一項により三年間右刑の執行を猶予し、またこの場合、改正刑法第二十五条の二第一項を適用するの余地なしとして保護観察に付する旨の言渡をしなかつたものである。

よつて按ずるに、昭和二十八年法律第百九十五号による刑法第二十五条の改正前において、ある罪の刑につき執行猶予の言渡があつた後、その罪と併合罪の関係にある余罪につき裁判をする場合、その余罪が右の罪と同時に審判されていたならば一括して執行猶予が言渡されたであろうときは、右余罪につき、さらに改正前の刑法第二十五条第一号により、再度の執行猶予の言渡を為し得るという解釈が採られていたことは、最高裁判所昭和二十八年六月十日の大法廷判決の示すとおりではあるが、右改正刑法第二十五条第二項施行後においても、なお、右判決に従い前同様同条第一項第一号による再度の執行猶予ができるものと即断することはできない。なんとなれば、(一)改正刑法第二十五条第二項の文言自体から見てもそれが余罪たる併合罪について刑の執行を猶予する場合をも含む趣旨であることが明白に観取できるのみならず、改正刑法第二十六条第一号と第二号とが「猶予ノ期間内更ニ罪ヲ犯シ……刑ニ処セラレ」た場合と、「猶予ノ言渡前ニ犯シタル他ノ罪ニ付キ……刑ニ処セラレ」た場合とを区別し、また、改正刑法第二十六条ノ二第一号が「猶予ノ期間内更ニ罪ヲ犯シ罰金ニ処セラレ」という字句を用いているにかかわらず、右改正刑法第二十五条第二項においては、余罪たる併合罪の場合を除外していないこと、及び上記大法廷判決が改正前の刑法第二十五条第一号にいわゆる「……刑ニ処セラレタル」との字句を、実刑の言渡を受けた場合を指し、執行猶予言渡の場合はこれに含まれないものと解し、改正前の同法第二十六条第二号の「……刑ニ処セラレタル」との字句についても同様の解釈をとり、余罪についての再度の執行猶予言渡の法的根拠としていたのに、改正刑法では第二十五条第一項第一号として改正前の同条第一号の字句をそのまま存置しながら、改正刑法第二十六条第二号を特に「……刑ニ処セラレ其刑ニ付キ執行猶予ノ言渡ナキトキ」と修正し、改正前の刑法第二十五条第一号の「………刑ニ処セラレタル」との字句についての解釈上の疑義を一掃し、再度の執行猶予言渡は一切改正刑法第二十五条第二項の規定によらしめることにした趣旨から考えても明らかである。さらに(二)立法者の意思も、上記の如き大法廷判決の解釈を十分考慮に入れ改正刑法第二十五条第二項本文の場合には余罪たる併合罪をも含めて、右判決を変更する趣旨であつたものと考えられる(第十六回国会衆議院法務委員会議録における政府委員説明参照――昭和二十八年刑事裁判資料第八十二号刑法等の一部を改正する法律関係資料第二十六頁以下登載)。そもそも、前記大法廷の判決に示された解釈は、改正刑事訴訟法の施行に際し、旧刑事訴訟法事件に対し、その罪と併合罪の関係にある罪が新刑事訴訟法事件として追起訴された場合において、これを併合審判するときは一括して刑の執行猶予の判決をなし得る事案であつても、両事件を併合して審理することができないために惹起されるところの不権衡を救済する見地から、右併合罪について、各別に執行猶予の判決をすることができ、また、その執行猶予の言渡は相互に取消関係に立たないとの解釈がとられた(昭和二十四年七月十九日最高裁判所刑第一〇八八三号刑事局長通知及び同年九月三十日同刑事局長回答)ことから、この解釈が、併合罪の新旧両法にまたがる起訴の場合に限らず、一般に併合罪が前後して起訴されて裁判される場合に拡張せられ、その一について執行猶予の言渡があつた場合に、他の罪が同時に審判されていたならば一括して執行猶予が言渡されたであろうと思われるにかかわらず、後の判決において法律上刑の執行猶予を付し得ないとすれば、いちじるしく均衡を失するから、かかる不合理な結果を生ずる場合に限り改正前の刑法第二十五条第一号の「刑ニ処セラレタル」とは実刑を言渡された場合を指すものと解して、再度の執行猶予を言渡すことができるとの解釈に到達したものであつて、これは法の不備を補うために、法の合目的的な運用として考案されたものであり、それが前記の大法廷判決によつて是認されたものである。改正刑法は、根本において右の解釈を採り入れつつその運用を規制するため、明文をもつて再度の執行猶予制度を規定し、その条件を明確にし、かつ執行猶予中の保護観察制度を定めたのである。従つて、再度の執行猶予を明文をもつて規定していなかつた改正前刑法第二十五条施行当時における上記大法廷判決をもつて、右改正法の解釈を左右することはできないと言える。反対論は、改正刑法第二十五条第二項が再度の執行猶予を「一年以下ノ懲役又ハ禁錮ノ言渡」をする場合のみに限定し、しかもこの場合は必要的保護観察に付されることをも併せ考え同項改正についての立法者の意図は執行猶予期間中の再犯についてのみ新たに執行猶予の言渡を許そうとする趣意であつたとし、改正刑法第二十六条第二号が「第二十五条第二項ノ執行猶予」というが如き限定を置かず、「猶予ノ言渡前ニ犯シタル他ノ罪ニ付キ禁錮以上ノ刑ニ処セラレ其刑ニ付キ執行猶予ノ言渡ナキトキ」をもつて執行猶予の取消事由とし、いやしくも余罪につき執行猶予の言渡がある限り、それが改正刑法第二十五条第二項による猶予の言渡であると否とを問わず、等しく執行猶予の取消事由から除外していることをもつて、その一の論拠とするかも知れないが、それは改正刑法第二十六条第一号についても同様のことがいえるのであつて、その論法をもつてすれば、執行猶予中の再犯についても改正刑法第二十五条第二項によらない執行猶予が許されるという不当な結論に達するのであるから、右議論の到底是認しがたいこともちろんである。また、論者あるいは、改正刑法第二十五条第二項により再度の執行猶予を付するためには、「一年以下ノ懲役又ハ禁錮ノ言渡」をなす場合であることを要し、かつ、改正刑法第二十五条ノ二により必ず「保護観察ニ付ス」ることを必要とするのであるが上記大法廷判決の趣旨に従うと余罪について、特別の情状ある場合再度の執行猶予の言渡をするには、「三年以下ノ懲役若クハ禁錮」の言渡をする場合にもその恩典を与え得るし、また、「保護観察ニ付ス」る必要もないのであるから、もし余罪についても右大法廷判決が変更せられ、すべて改正刑法第二十五条第二項及び同第二十五条ノ二の規定を適用すべきものと解すればいわゆる余罪が前の確定判決の事実と同時に審判を受けたとすれば、すべての罪につき執行猶予の言渡を受けたと認められる情状があり、しかも犯情に照らし刑は一年以上の刑を相当とする場合には、執行猶予を付するべき情状があるのにこれをすることができず、これを付しようとすれば、一年以上の刑を相当とするのに一年以下の刑に切下げなければならないこととなり一般条理に照らし極めて不合理な結果を来たす旨主張する。原判決もこの見解によつたものと思われるのであるが、従来の事例よりするも余罪に対する再度の執行猶予の言渡刑の刑期が一年以上になることは稀有の事例に属し、一年以下の刑をもつて何等実際上も不都合を来していないものと認められるのであるから、かかる稀有の事例を挙げかつ被告人の利益という観点のみから立論する反対論は、直ちに首肯し得ないのみならず、刑法改正前において法規の不備を補うために、法文を合目的的に理解しようとする立場に立つた右大法廷判決は、法律改正後においては、もはや適切でないと思われる。なお、右の外、反対論として、改正刑法第二十五条第二項が、再度の執行猶予の言渡を「一年以下ノ懲役又ハ禁錮ノ言渡ヲ受ケタ」場合にのみ限り、しかも、同条ノ二においては「保護観察ニ付ス」ることをその必要事項としているから、その限度において改正法は被告人に不利益を帰せしめることとなる。従つて、改正法は「この法律の施行前に罪を犯した者に対しては、なお、従前の例による」旨の附則を設けるべきであるのに、これを設けていないのは、同法が右大法廷判決を変更しなかつた証拠であるとの議論も一応は考えられる。しかし、刑の執行猶予の条件に関する規定の変更や保護観察に付すること等は、刑法第六条にいわゆる刑の変更には当らないものと解せられるから(最高裁判所昭和二十三年十一月十日大法廷判決参照)、改正法が右の如き附則を設けていないことをもつて、上記大法廷判決が変更されなかつたことの論拠とするわけにはいかない。

これを要するに、改正刑法第二十五条の施行後においては、執行猶予の期間内にさらに犯された犯罪のみならず、執行猶予の言渡前に犯されたいわゆる余罪についても、等しく同条第二項の規定に従い、再度の執行猶予を言渡し得ることとなるのであつて、この場合刑法第二十五条ノ二により必ず保護観察に付しなければならないことはいうまでもないところである。然らば原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤があるものといわなければならないから、論旨は理由があり、原判決中有罪部分は破棄を免れない。

よつて、その余の控訴趣意についての判断は、下記に破棄自判するところにより自から明らかであるから、ここにはこれを省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条により原判決中有罪部分を破棄し、なお、同法第四百条但し書に従い、さらに次のとおり判決する。

原判決がその挙示の証拠により認定した原判示事実に法律を適用すると、被告人の所為は覚せい剤取締法(昭和二十九年法律第一七七号による改正前のもの)第四十一条第一項第四号、第十七条第三項、罰金等臨時措置法第二条に該当するから、所定刑中懲役刑を選択してその刑期範囲内で被告人を懲役四月に処し、なお、被告人には原判示の如き執行猶予の前科があるが、情状特に憫諒すべきものがあると認め、刑法第二十五条第二項を適用して本裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予し、なお、同法第二十五条ノ二第一項に従い右猶予期間中保護観察に付し、押収の主文末項記載の物件は同法第十九条第一項第三号第二項によりこれを没収する。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 山崎薫 判事 西尾貢一 判事 村上喜夫)

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